オンラインフェス2022レポート「音楽産業の今とこれから~教育との関連性~」ゲストスピーカー 油井誠志 氏

音楽科教育

ゲストスピーカー

 油井 誠志 氏

 ・エイベックス・エンタテインメント株式会社
 ・国立音楽大学 非常勤講師

 世界の音楽産業は技術と共に加速度的に日々変化、進化を遂げている。そんな時代の最中にいる子供たち。現在、そしてこれからの学校の音楽科教育にはどのような視点が必要なのだろうか?
 このイベントでは、音楽産業界の第一線で活躍されている油井誠志氏をお迎えして、音楽産業の現状についてお聞きすることで、私たち音楽科教師がもつべき視点や視座についてあらためて見つめることができた。

音楽産業の歴史と今

 “音楽産業の歴史は技術と共にあって、それにより新しいビジネスも生まれてきた。”

 はじめに、油井氏から現在の音楽産業について、今に至るまでの歴史を含めてお話しいただいた。活版印刷技術により、音楽を記録した楽譜の複製が可能となった。録音機能の発明により、音楽の再現が可能となった。私たちと音楽の関わり方は、常に技術の進歩と共に、その様相を変えてきたと言える。そういった意味では、私たち音楽科教員は「日々進歩する技術に常にアンテナを立てておく」ことが必要なのかもしれない。

 音楽産業は市場2兆円越えの大変注目度の高い分野である。低迷傾向もあったが、2015年あたりを皮切りに音楽ストリーミング配信等の台頭により市場回復を果たしている。その中にあって、日本は”パッケージ(CD)”が売れている珍しい国であるという話は興味深いものだった。

講話をする油井誠志氏

“受動から能動の時代へ”

 筆者の推しの秋山黄色さんをはじめとして、インディーズ・DIYアーティスト(自分で作って自分で歌う)の台頭は目を見張るものがある。油井氏がここで述べた現代のヒットについての考察は私たち教員にとっても大変示唆に富むものである。

ヒットの法則
普遍性、時代性、独自性 + 共感性,ギャップ・逆説,応援(支援・参加)
モノからコトへ
所有する物の価値から、接触する事の価値へ → 体験する価値,聴くに留まらない遊ぶ楽しさ

 TikTokやYouTubeでの「歌ってみた」に見られるように、SNSを中心に「音楽を楽しむ」ユーザーが増加している。良いものをユーザー同士が共有しながら探す、それを受け身で感じるだけでなく、自分が主役になって楽しむ、そんな “受動から能動へ” のエンタテイメントの変化が起きていることは、授業づくりを考えるにあたってもとても大切な視点かもしれない。ナラティブなエンタメ=自分にしか紡げない物語があること、私仕様にカスタマイズしてくれることの愉しさ、まさに求められている教育との接点を感じずにはいられないくだりであった。

音楽産業のこれから

 もはやポストコロナは見通しにくい。ウィズコロナの社会や世界を俯瞰すると、個々の価値観を尊重し合うことは必須、と油井氏は語る。これからの音楽産業を展望するにあたり、注目されるキーワードが多数挙げられた。

  • SDGs
  • オンラインライブ
  • VR(仮想現実), AR(拡張現実), MR(複合現実)
  • VTuber,フォトリアル,アバター,AI,メタバース(仮想空間でのライブやイベント)
  • NFT(Non-Fungible Token 非代替性トークン)

 「初めて聞く言葉だ、、。」という先生もいらっしゃるのではと思う。音楽市場では日本はアメリカに継ぐ2位だが、成長率は-2.1%(韓国は+44.8%)であり、“日本はガラパゴス化している” というくだりには、私たちがいかに閉じた社会・世界で子供たちを教育しているか、省みることが促されるようだ。

 世界規模で見ると、アニメのタイアップソングしか売れていない日本を尻目に、お隣の韓国は成長率44.8%という驚愕の数字を叩き出している!文字通り、世界を制したBTSをはじめ、文化分野への国家予算が1.5%(日本は0.1%)というのも頷ける。

 さらに、日本という国の”ローカル・プライド”とも言うべき、島国文化に警鐘が鳴らされた。例えば、SNSはグローバルであることが肝要であるにも関わらず、日本のSNSはそんな方向を向いていないプラットフォームであったり、日本で流行ったものしか海外でやろうとしない傾向であったり、(だから結局失敗する)。当初から”韓流アピール”を全面に押し出していた韓国とはメディアビジネスの考え方がそもそも異なっているとのことであった。「音楽に携わる人は世界を見ていくことがベーシックになる。」油井氏の言葉は、音楽科に限らず教員という職種の私たちに必要な”在り方”と言えそうだ。

“音楽がそれだけの分野で成り立つ時代は終わった。”

 最後に今後の音楽産業を見通すにあたって、異業種とのコラボについての提案がなされた。エンタメ、ゲーム業界、行政、観光、不動産などの異業種との連携により、より豊かな社会や生活が臨める。さらには、音楽の世界そのものも拡がりそうだ。音楽業界も異業種の専門性を頼りながら活性化していくべきだ、つまり、”〇〇×音楽”と言う視点をもつことで可能性はさらに広がっていくと語る。

教育との関係性

 最後に、教育との関係性について、音楽産業界のプロである油井氏から、”プロフェッショナル”を支える4つの要素について説明された。それは、①スキル、②オリジナリティ、③ビジネスという3つと、それを支える④キャリアである。

 「キャリア」と聞くと、私たちは仕事の経験を積むことのように捉えがちだが、“キャリアとは、人間性を磨いていくことそのもの。それは自分で考える力を身に付けることである。自分のことを知り、理解し、自分の中に「軸」を立てる。軸を視点に学び続けることを大切に”と油井氏は強く私たちに伝えてくれた。

 “自分の好きを知る”こと。日々、子供たちと向き合う私たちにとっては、「子供の好きって何だろう?」をいつも考えているつもりではいた。しかし、あらためて、子供たちの未来を見渡しながら、子供たちに「自分の好き」を見つけてもらいたい、そんな思いに駆られた時間であった。

参加者のアンケートから

 以下は、参加された方の感想です。皆さんの心に多く響いたものがあったことがよくわかります。

  • 油井先生の音楽教育と社会のつながりのお話は、指導要領の中で示されている”生活と音楽の関わり”といった視点からも、とても興味深い内容でした。ずっと聴いていたい、そんなお話でした!
  • 油井さんがお話されていた「音楽産業を他業種とつなげていく」ということが印象に残りました。新しい価値を生み出すために、音楽だけの世界に閉じてはいけないということだと思うのですが、これは学校も同じなのではないかと感じたところです。
  • 油井さんの講演がとても刺激になりました。学校よりもエイベックスの方が、キャリア教育がしっかりしてると思うほどでした。
  • 音楽産業でも、現在・これからは”体験することが重要になってきている””自分自身が主役”と言う言葉が印象に残りました。以前から自分自身でも、ワークショップや授業を考える上で、参加者や子供たちが自分自身で考えて能動的に取り組めるような内容にしたいと感じていたので確認できてよかった。
  • 油井さんのお話は、子どもたちがどう音楽に接しているか?どう接していくか?という点で、教員が知っておきたいお話でした。それが、今後の音楽文化の在り様を方向付けていくように感じています。
  • キャリア教育は小学校でもしていますが、恥ずかしながら授業しながら、これでいいのかなと自信が持てない領域でした。3年以内に離職する人が6割を超える時代になり、就職がゴールとは全く言えないというのは本当だなと思います。油井さんのおっしゃった継続的に学び続ける姿勢や、自分で考える力を身に付けることことそがキャリア教育であり、まずやってみて必要感からの学びを継続していくことが大切だなと思いました。
  • 油井さんのお話にあった、「音楽×全産業」はとても共感できる部分でした。私が勤める教育芸術社は音楽教科書を扱う企業ではありますが、同時に楽曲を取り扱う企業でもあります。「受動」から「能動」へ、ナラティブという概念で音楽を楽しむ提案を、様々な人々に今後できたらと感じました。また機会がございましたらお話を聞いてみたいです。ありがとうございました!

油井様、詳細な資料を基に、とても分かりやすいお話、本当にありがとうございました!!

Subscribe
Notify of
guest
0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments
タイトルとURLをコピーしました