オンラインフェス2022レポート「プロ指揮者と語る音楽鑑賞の愉しみ」ゲストスピーカー 石﨑真弥奈 氏、冨田美里 氏、柴田真郁氏

2 授業コラム

ゲストスピーカー 指揮者

石﨑真弥奈 氏

冨田実里 氏

柴田真郁 氏

 コロナ禍の音楽科教育では図らずして鑑賞の学習が充実した面もあったかもしれない。一方で、どんな鑑賞の授業をしたらもっと充実するか?もうネタ切れだ!、などの声も多く聞かれる。
 このイベントでは、プロの指揮者としてご活躍の三名の方をお迎えして、プロの音楽家の視点から「鑑賞」や「音楽作品への向き合い方」についてお聞きすることで、これからの音楽科教育で私たち教師側が大切にしたい在り方について考える貴重な機会となった。併せて、音楽の魅力についてあらためて見つめる素敵な時間となった。

Topic 1 演奏をつくり上げていく過程 について

 まず、最初のトピックとして「指揮者が演奏をつくり上げていく過程」について取り上げた。ここでは、先生方にとって分かりやすいようにL.V.ベートーヴェン作曲の「交響曲第5番 ハ短調」を題材として扱うこととした。

まず、何からするのか?

 最初の質問として、「演奏会に臨む際に、まず何から行うのか?」について聞いてみた。実際に取り組むこともさることながら、どのような心もち、在り方で演奏に迫っていくのかについてお話を聞くことができた。

石﨑さん
石﨑さん

 私は「どういう演奏会で演奏されるのか?どんなお客様なのか?」を把握することから始めます。

柴田さん
柴田さん

 私も石﨑さんと同様に環境を意識しますね。演奏会は毎回ホールが違います。当時(1800年代前半)のホールは今と全く違った環境であることを意識することは大切です。今のホールは凄く響いてしまいます。だから「このホールならこんなテンポ感が合うかな?」を考えるようにしています。

それから、「音楽のエクスタシー」を感じてほしいと思っています。だから「楽譜」を大切にしています。「楽譜」というものは、新たな創造力をかきたててくれる宝箱であり、地図です。同じ曲を何回もやるからこそ新しい発見をしていかなければならない義務があると考えています。

冨田さん
冨田さん

 私も、柴田さんと同じように聴いている人の心が動いてほしいと思っています。だから「どうすればこの環境でそれが実現できるか?」考えますね。そのために、作者の思いはどうだったのかを何回も何回も考えます。その営みは文化として素敵なことだと考えています。

楽曲を創っていくときに大切にしていることは?

柴田さん
柴田さん

 なるべく沢山の奏者の方の目を見ることは常に意識しています。「楽譜」ではなく「人」と音楽していることを大切にしたいと思っていますね。

冨田さん
冨田さん

 私も、人とのコミュニケーションを大切にしています。それから、自分がパニックにならないこと!指揮をしていると様々なトラブルやハプニングが起きることがあります。それに対応できるように、その準備は入念にするようにしています。

石﨑さん
石﨑さん

 私もコミュニケーションを大切にしますね。その上で、作曲家の意図をどう聴衆に伝えるか。それを、身体全体で、空間でどう伝えるかを大切にして考えています。

Topic 2 子供に聴かせたい1曲 について

 次のトピックとしては、三人の指揮者の方が子供たちに聴かせたい1曲についてお聞きした。ここでは、「小学生」、「中学生」、「高校生」それぞれを対象に1曲ずつ選んでいただいた。

※参考としてYouTubeから動画を共有させていただいています。個人の鑑賞の範囲内で視聴ください。

小学生に聴かせたい1曲!!

 まずは、小学生に聴かせたいそれぞれの1曲!

小学生ということもあり、3名とも情景の浮かびやすい曲を選んでくださっているように感じた。

石﨑さん
石﨑さん

 歌劇「夕鶴」(團伊玖磨)です。音楽の教科書が全体的にクラシック中心でもあると思ったので、日本の音楽が西洋音楽に変遷していったところが面白いのではないかと思いました。

 この作品では、同世代の子供が8人登場します。「かごめかごめ」、「しかしか角何本」など遊び歌が入っていて、小学生には親しみやすいのではないかなと思います。音楽としても、例えば「つう」(主人公:鶴が女性に化けている)が登場する際のモティーフ(動機)が決まっているなど、子供たちにとっても聴きやすいのではないかなと思います。

冨田さん
冨田さん

 バレエ「くるみ割り人形」から「雪片のワルツ」(P.チャイコフスキー)です。この曲は1幕の最後に出てくる曲ですが、児童合唱が出てきて、雪の精が踊る素敵な曲です。真っ白な雪と真っ新な子供たちの声がリンクして、とても心が温まる場面ですね。この曲に限らず、「子供の声」というのは「希望」の存在、「平和」の存在であることが感じられますよね。そういった点からも美しく意味のある曲だと思っています。

柴田さん
柴田さん

 教科書に掲載されている鑑賞曲の選曲はかなり考えられていると思っていますが、交響的物語「ピーターと狼」(S.プロコフィエフ)「子供と魔法」(M.ラヴェル)なんかは情景を想像する面白さがありますよね。他には、「アルルの女」より「ファランドール」(G.ビゼー)は楽曲の組み立て、構成が素晴らしい曲で、それがよく分かりやすいですね。おじいさん役とか割り当ててやってみるととても面白そうです。

中学生に聴かせたい1曲

 続いて、中学生に聴かせたい1曲!こちらは音楽のジャンルの幅も広がり、全体的にメッセージ性の強い作品が並んだ。

柴田さん
柴田さん

 やっぱり「幻想交響曲」(H.ベルリオーズ)ですかね笑。中学生ってとっても多感な時期ですよね。恋に苦しむ共感性とかに惹かれるところあるんじゃないかな。音楽としては、イデーフィクス(固定楽想)を軸として、分かりやすい標題音楽でもあるし、色々な想像をしながら聴くことができそうです。

冨田さん
冨田さん

 二つあって、一つは「交響曲第九番ニ短調」(L.V.ベートーヴェン)で、もう一つは映画「天使にラブソングを」から「ジョイフル・ジョイフル」です!

 実体験からですが、私は中学生の時期にじっくり「聴く」ことを始めました。第九はその頃に出逢った作品で、良い曲だな~と思った。そのこともあって、「天使にラブソングを」を観た時は、「なんてかっこいいんだろう!」と!同じメロディがこんな感じになるんだととても新鮮でしたね!現在は音楽の教科書はクラシック以外の曲も増えましたよね。リズミカルな曲が多いなあという印象があります。コロナ禍も経て思うことですが、皆が集まってひとつの音楽を創って、生きる喜びを感じられる作品というものにあらためて感動しているところです。

石﨑さん
石﨑さん

 弦楽のための三楽章(芥川也寸志)です。芥川先生と言えば、「音楽の広場」、「N響アワー」などでお馴染みでしたが、芥川先生の音楽に対する思いによって、クラシックが普及したところってあると思います。先生はプロの方のみならず、アマチュアの音楽家とのつながりをすごく大切にされていて、その姿勢にとても惹かれました。この作品は特に3楽章、とてもリズミカルな変拍子で、日本らしい口頭伝承の音楽文化が感じられます。伝統音楽や民謡に精通されたた方が作った作品だなという曲調が感じられますね。

高校生に聴かせたい1曲

 最後に高校生に聴かせたい1曲!こちらは時代や歴史との関わり、深い芸術性を感じられるような作品が並んだ。

冨田さん
冨田さん

 「ウエストサイド物語」(バーンスタイン)です!とにかくかっこいい!!あの時代を象徴している作品ですよね。最近映画でも話題になりました。リズミカルな「アメリカ」は色々な文化の入り乱れたアメリカならではの「るつぼ」を本当によく表していると思います。名曲「マリア」は好きな人から名前を呼ばれた感情をすごく表しています。自分の「心」と音楽が大変よく結びつく作品だと思うので高校生にはおすすめしたいですね。

石﨑さん
石﨑さん

 「ノベンバーステップス」(武満徹)です。琵琶と尺八が印象的な素敵な作品です。日本ではなく海外で初演されたというのも魅力的です。武満徹さんは音楽を独学で学ばれた方です。この作品では休符も多いのですが、休符というより「間」を味わえる作品だなと思っています。日本ならではの楽譜を西洋の楽譜に武満さんがどう表したのがスコアを見るだけでもとても面白いと思います。

柴田さん
柴田さん

 「耳なし芳一」(池辺晋一郎)です。私も最近「ウエストサイド物語」を映画で観て、映像だけではつくられない感動があって号泣しました。それはやはり「音楽の力」でしたよね。高校生の時期は、自分だけの「声」を感じられる時期だと思います。池辺先生の作品は日本と西洋が折衷した芸術性の高い作品です。「声」の芸術を是非知ってほしい、分かってほしい。能楽から浄瑠璃、歌舞伎などもやはり「声」の芸術なんです。そんな流れを汲んだ、日本の素晴らしいオペラ作品を是非知ってほしいなと思います。

池辺晋一郎:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

Topic 3 学校の授業で育てたい聴く力、今後の音楽科教育に求めたいこと

 最後のトピックとして、プロの指揮者の皆さんが考える「学校の授業で育てたい『聴く』力とはどのようなものか」、そして「今後の音楽科教育に求めたいこと」について聞いた。 

石﨑さん
石﨑さん

 少し変な言い方になるかもしれませんが、「よさ」を感じることだけを「聴く力」で考える必要はないと思っています。ポジティブとネガティブがある。「嫌いだ」、「好きではない」と自分が思った感情もとても大切ではないでしょうか。よいものだけではないという価値観が聴く力をより育てると思います。耳だけではなく、やはり感情とリンクした時に、より聴く力は育つものだと思います。五感や感情を伴うことが必要ですよね。

冨田さん
冨田さん

 私も石﨑さんと同様に、音楽は「心」を伴うものであってほしいと思っています。理解し合おうとする姿勢は、音楽を創るときにも役に立つ考える力になる。その時、「事実」と「自分の考え」をしっかりと区別すること。音楽には歴史とか心とか生きる知恵が沢山詰まっています。生きることと音楽が結びついていることが子供時代にもっと分かるとより豊かに生きられるのではないかなと思います。

柴田さん
柴田さん

 曲を通して自分との関わりを学ぶこと。自分は曲に感化されやすい、流されやすいのですが。やはり「感情に流されろ!」それしか言えない笑。人は仲間や共感を音楽に求めているのではないでしょうか。

参加者のアンケートから

 以下は、参加された方の感想です。皆さんの心に多く響いたものがあったことがよくわかります。

  • どのイベントも最高でした。ありがとうございます。むすびタイの指揮者の方々のお話を伺って、ご紹介いただいた曲を聴いてみたいと思います。鑑賞の授業に限らず、様々な楽曲との出会いを子どもたちにつくっていきたいと思いました。
  • 楽曲を創り上げていく中で、大切にしていること、聞いてほしい楽曲とその理由、学級経営をする上でも大切なことを教えていただけたように感じました。「むすびタイ!」にも参加させていただきました。
  • 指揮者の皆様のお話も大変参考になりました。細かいですがベト5の冒頭の4小節がEs-Durの可能性もあるという言葉には,ハッとさせられました。教材に対する先入観を捨てて研究していく必要を感じました。 学びしか無い時間でした。ありがとうございました。
  • 苦手な音楽についてもそれが何故か分析することも必要であると感じました。
  • 柴田さんが言っていた「教科書に掲載されている鑑賞曲の選曲はかなり考えられている」という言葉が印象的でした。その楽曲のどの部分にフォーカスするかが大切なのだと再認識した。
  • 指揮者の皆さんのお勧めの曲はとても参考になりました。特に、石﨑さんの日本人ラインナップは頷くばかりでした。以前ある授業で、ノベンバーステップスを教材曲にしようとしていたことを思い出しました。実際にはしませんでしたが、今度ノベンバーステップスについて講義を伺いたいです!
  • 講師の柴田真郁先生とは旧知の仲でもあり、懐かしさと、音楽に対する熱い気持ち、考え、明日からの授業へ活かせるエネルギーある言葉をたくさん聴くことができました。またあつーく語り合いたいものです。ありがとうございました。
  • 石﨑真弥奈さんだったかと思いますが、「よさや魅力」についての指摘が面白かったです。たまたま提示した音や音楽に「よさや魅力」を感じる生徒ばかりではないのだと。生徒によっては「わるさや退屈」に感じる音や音楽もあるはずですね。考えさせらえる指摘でした。しばらくは、このことについて考えられそうです。
  • 冨田さんが自分の経験から語ってくださっていたことは、子供たちにとってはとても大切なことだと思いました。自分の思いや感情に向き合う経験を音楽を通してできるって素晴らしいことだと思いました。
  • 指揮者の方々の音楽への思いがすごく伝わってきました。もっとお話を聞きたいと思いました。柴田真郁さんの「感情にながされる」というお話はたしかにもっとそういう部分が、今の自分にはあっていいのかなと思いました。

石﨑さん、冨田さん、柴田さん、大変多忙な音楽活動の中、深くそして面白いお話を本当にありがとうございました!!皆さんのお人柄、仲のよさも伝わってきてとても温かい時間でした!

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