オンラインフェス2022レポート「能Music 能Life~伝統を創る愉しさ~」ゲストスピーカー 白坂 保行 氏

2 授業コラム

ゲストスピーカー

 白坂 保行 氏

 ・能楽師

 ・大鼓方 高安流

 我が国の様々な伝統的な音楽のルーツとも言える「能楽」。その厳格な様式や型を保持し続けてきた能楽は、現代の子供たちにとって、又は音楽科の授業においては、少しとっつきにくいのではないかと感じている先生方が多いのが実情である。
 このイベントでは、能楽師であり、大鼓方の白坂保行氏をお迎えして、能楽そのもの及びその音楽の魅力や、授業づくりにあたってのポイントなどについてお聞きすることができた。伝統文化を継承・創造する担い手としての子供たちに、私たち音楽科教師はどのような在り方をもって、授業に臨むべきか、考える時間となった。白坂氏に寄せられた質問の回答を中心にレポートする。

「鼓」について


 はじめに、白坂氏から、「鼓」についての説明を実演を交えながらいただいた。

大鼓、小鼓それぞれ楽器を示して説明いただいた

 「鼓」と聞くと一般的に思い浮かべるのはいわゆる「小鼓(こつづみ)」かもしれない。大鼓(おおつづみ、おおかわ)、小鼓(こつづみ)、太鼓(たいこ)の違いは、音の違いもさることながら、能の音楽における役割や、材質そのものの違いなども、あらためて大きく異なっていることがよくわかる。

 白坂氏のYouTubeチャンネルでは、様々な鼓の音や仕組みについて知ることができる。

能の楽しみ方は?

 次に、参加者からの質問にお答えいただいた。「能の楽しみ方は?その魅力とは?」という質問に白坂氏の答えは、「豊かな人生経験を重ねること」であった。

 能の楽しさについて、素直に納得できる人はほとんどいない時代に入った。初めて能に触れて、一回目でその楽しさが分かる人は問題ない。その楽しさ、面白さは長年やりながら次第に分かってくるものだと白坂氏は語る。このお話には、私たち教員でも「能は難しくて、、」と敬遠してしまうようなところがあることについて、「それでいいんだ」と肩肘張らずに向き合うことができるような、そんな気持ちにしていただいた。

 そんな世界にプロとして生きる白坂さんご自身は能の魅力をどう感じて、この道に入られたのだろうかというと、「私は中学生時代から能ってめちゃくちゃおもしろい!」と感じたとのこと。「このある意味ロックな音楽、そして体感される音圧、これを感じられるのは能しかない!」と言う言葉はとても印象的だった。

能の声はなぜ”あのような声”なのか?

 「あのような声ってどのような声??笑」と白坂氏も失笑していたが、そもそもいわゆる能の発声は「遠くに伝えるため」であったという。そもそも能舞台は屋外。屋外の舞台でも、遠くまで声を響かせるためには、このような発声が必要だったという。昔、戦の際には離れた相手に「謡(うたい)」で会話をしたという記録も残っているとのことであった。

 この後、発声のポイントとして「母音を出し過ぎずに一音一音をはっきりと歌うこと」を説明いただき、参加者に「高砂や~」の演習をしていただいた。マイク、スピーカー越しにも白坂氏の張りのある声の迫力が感じられ、驚いたところであった。

「あのような発声」のポイントを実演を交えてレクチャーいただいた。

能の鑑賞や謡の歌唱の学習でこれは絶対に伝えたいポイント

 実際の授業にもつながりそうなポイントとして、注目された質問であった。これについては、「五線譜に表さ(せ)ない音楽もあること、音程(調)を決めなくていいこと。」そういった音楽があるということを子供たちと共有することに意味があるとのことであった。

 私たち音楽科の教員も含め、子供たちもどうしても西洋の音楽をベースとして音や音楽を捉えがちになっている面がある。能の謡(うたい)を体験するような活動の時にも、「他の人と全然違う音でいい」と伝えてほしいと。当然、音が決まっているような場合もあるが、「人間が沢山いたら、その分だけ幅が厚くなり、音がだんだんとまとまっていくものなのです」との説明は授業での歌唱活動にとても参考になるものだった。

掛け声について

 鼓方の演奏を見ていると注目されるのが打つ際に伴われる「掛け声」である。これについては、「大鼓は”ヤッ”、小鼓は”ハッ”ということが多いが、これは陰陽二元論に基づいている」とのことであった。” 呼びかける ⇔ 受け止める “という意味合いがそこにはあるという。

 この後、実演を交えて説明いただいたのだが、”打点と掛け声が同時に鳴ることは無い“ということは、なんとなくで感じていたものの、あらためて教えていただき有難かった。鼓の打ち方の演習では、エアで練習する方法を教えていただき、構えや握り方についても知ることができた。


 実際は一つの型を覚えるのに相当時間がかかるという。子供たちとの授業では、”掛け声をかけて打つことそのもの“を楽しんでほしいと白坂氏は語る。大鼓では、指が当たっているのが見えないように!と言われたが、画面越しでも、「ほんとに見えない!!」と感じたのは私だけではなかったと思う(笑)。

掛け声を含めて実演いただいた。

拍子について

 様々な邦楽において、何分の何拍子と決めてやっているのは能楽の音楽だけだという。歌舞伎の長唄や文楽の音楽でも何拍子というものにこだわっているものはそうないとのことであった。私たちは「日本の音楽」として一括りにして考えてしまいがちであるが、それぞれに異なる特質があることを見つめる必要性があることを考えさせられた。

 能の音楽は八拍子であるという。ただ、テンポが決まっているわけではない。掛け声の間に「2,3、、」と拍が進むことがあるなど、拍子というものの捉え方も西洋のそれとは異なる考え方をもつものであり、とても面白い演習であった。

「拍子」について大鼓を打ちながら説明いただいた。

最後に

 最後に、子供たちや先生方にメッセージをいただいた。

"能は難しいからいいんでしょ?"

 この言葉はとても心に響いた言葉であった。希少価値とか貨幣価値とかではない”能楽のよさ“は何かを考えてほしい。それは簡単に分かるものではない。とても難しいことそのこと自体が能楽の魅力であると。だからこそ、能について言われる、次の言葉がもつ意味が沁みてくる気がした。

 「乱れて盛んであるよりは、固く守りて滅びなさい」

 何百年という歳月を経ても、その様式を変えずに継承されてきた能楽。型は財産。やはり、大衆興行として演じられた歌舞伎や文楽とは全く異なる文化・歴史的な意味や価値がそこにはある。「ただ飯を食うためにやっているわけではない。純粋にそれを楽しむ心、人を喜ばせたいという心、誰かのため、何かのためにやっていくことを大切にしている。」という白坂氏の言葉には、プロフェッショナルとしての情熱をひしひしと感じることができ、とてもアツいものをいただいた気がする。

 子供たちの稽古では、「挨拶をすること、約束を守ること、全力を尽くすこと」を大切にしているという。能を全く固いものと思っていない子供も多い、ということは驚きでもあった。「能楽師が能を囲い込むために世界を閉じている面もある。(それはある意味反省すべき点でもある)」とも言われたが、やはり、子供たちが純粋に音や音楽を感じる心を大切にして授業づくりをしていく必要があることを、あらためて見つめさせられた時間であった。併せて最後に、”忙しい先生方が能の専門家になる必要は全くない、専門的なことは専門家がその視点からアドバイスすればよいこと、だからもっと頼ってほしい“、という助言をいただき、とても心強い応援をいただけて有難かった。これからの「能楽」の授業、気負わずにやってみよう!と考えた先生方が多かったのではないかと思う。 

参加者のアンケートから

 以下は、参加された方の感想です。皆さんの心に多く響いたものがあったことがよくわかります。

  • 白坂さんの能の話は、とても面白くて勉強になりました。「謡いは子音をはっきり発音している」、「鼓を打つタイミングと声のタイミングは重ならない」とかは初めて知りました。「能は難しいのが面白い」という言葉も、とかく子どもに興味を持ってもらおうと、単に子どもに迎合しているだけになっている気がしていたので、すごく考えさせられました。学校教育に求めるものとして上げられた3つのこともしっかり考えたいと思いました。
  • 今日一番刺激的だったのは「能は難しいことがいいことだ」ということです。その発想はなかったなぁと思いました。
  • 白坂先生のお話は音楽の本質をつくようなお話で貴重な経験でした。教科書等で、日本音楽等扱わないといけないところですが、実際に経験したわけでもなく教えるということに少し抵抗があったのですが、本日のお話で腑に落ちるところが「鑑賞」をやったらいいんじゃないですか?ということで一緒に探っていくことも興味深いかもと思いました。
  • 「かたくまもりてほろびなさい」という白坂先生の先生の言葉が印象に残っています。能は難しいからこそ、その難しさを楽しむというお言葉も印象に残っています。「生徒に教える・伝える」ではなく「生徒と共に勉強する、感じる」ことを意識して授業をしたいなと思いました。
  • 全部良かったですが、特に昨日の能の白坂さんのお話、気さくな感じで、ちょっと気になっていたところ等知ることが出来て良かったです。少し敷居が低くなりました(笑)
  • 早速YouTubeチャンネル観てみました。今後の参考にさせていただきます。子供は能に対して「堅苦しいもの」「とっつきにくいもの」などという偏見?はもっていない。当たり前にあって、当たり前に取り組んでいる。どこで、そのような偏見をもってしまうのだろう・・・。という話が印象的でした。
  • 能楽師の白坂さんには、ぜひ学校に来ていただきたいな、と思いました。
  • 白坂先生へ 私の祖父も実は能楽師でしたが、日常に『おひゃーりおうおうひ?』など耳にすることはあったり、『たかさごや~』も親戚の集まりの時は、必ず謡三番を耳では聞いておりました。しかし、肌感覚でしかなく祖父も亡くなっておりますので、生きているうちに色々聞いておけばよかったと後悔しつつ、本日興味深いお話が伺うことができて貴重な時間となりました。ありがとうございました。
  • クラシックvs日本の伝統音楽、過去の音楽vs現代の音楽のように、二項対立ではなく、どれも音楽として同じ土俵の中で扱う教員の姿勢、同じ土俵で扱える教員の資質が大切だと感じました。
  • 白坂先生の能のセミナーに一度参加させていただいたことがあります。凛とした空気感とと親しみやすさの両面を持っていらっしゃって、素敵だったことを思い出しました。伝統音楽について、自分でもよく分かっていないのにどうしたら魅力を伝えられるのかかなり悩んでいましたが、「そもそもすぐに良さが分かるわけではないので一緒に楽しんで」とおっしゃっていただいたことがとても励みになりました。あまり堅苦しく考えずに、伝統音楽のもつそのもののよさや面白さを子供と一緒に発見していきたいと思いました。

白坂様お忙しい中、楽器や機材を沢山ご準備もいただき、本当にありがとうございました!

白坂保行様のYouTubeチャンネルはこちら!

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